2015年06月24日

熊野・牛馬童子の頭部回復する

3ヶ月半前に、熊野街道の中辺路ルート沿いにある石造「牛馬童子」
の切断された頭部が、堺市の彫刻家によって同じ石材で復原された
と、新聞で報じられていました。私も何年か前にこの小さな像の傍を
通りかかった際、手を合わせただけに、残念な気持ちでいましたが
少し嬉しくなりました。



卑しくも交通不便な熊野街道を旅しようと思う程の人間ならば、中世の
宗教観や歴史に対して少なからず畏敬の念と興味を持っている筈
ですが、この愚行を犯した人間はそのどちらもなかったようです。
何しにきたんや!と言いたいですね。激しい憤りを覚えます。

中辺路ルートは、5つある熊野街道ルートの中でも県と地元の方の
絶えまぬ尽力で比較的整備され、特に山歩きに精通しない人でも
迷わず歩けるようになっているのですが、それが却って災いしたと
言えなくもないです。近くを現在の自動車道路が通り、すぐ近くまで
バスなどで来れるので、尚更です。

何がこんな道徳心のない人間を作り出したのか、と考えると、前中山
国交相のぶちかました「日教組云々」の言が思い浮かびます。
私は、日教組がどうだこうだと言えるほど、日教組という組織について
何かを知っているわけでもありませんが、少なくとも当該組織は教育を
論じる以前に、教育「組織」を論じる組織であったろうと思います。

そして、その比較的少ない「教育」についての考え方も、すぐれて
「即物的」であるのは確かだろうと思います。何しろ、出発点というか、
根底にあるのが「唯物史観」ですから。つまり、計量できないものは
論ずるに値しないというものです。道徳心も公徳心もそうですね。

日教組の皆さんに言わせれば、そのようなものが戦前日本をして
戦争に向かわせたのだから、尚更ネグレクトするのが正しいのだ、
ということでしょう。一概に、全ての責を日教組だけにおっかぶせる
ことはできないと思いますが、現行の公教育に何か欠けているものが
あるのは誰もが認めるところですし、日教組が60年近くに亘って
教育現場に大きな影響力を行使してきたのは事実です。責任の
何割かは負わなければならないのは、至当であろうと思います。 

同じ日の別の記事に、京都等持院の足利尊氏像や義満、義政像から
手首や刀の柄が盗まれていたことが明らかになった、とありました。
お金になるようなものではないそうで、単なる「記念品」にということ
でしょうが。世界遺産などにらくがきする「事件」も多発しています。
逆にこのような人間を作るには、どう教育したらできるのでしょうか。
ぜひ知りたいと思います。


posted by ジャパニスト at 22:56| ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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